イギリス北部暴動

2001 年の夏、イギリス北部の数都市で、民族対立による暴動が相次いだ。オールダム、バーンレイ、ブラッドフォードでは、南アジア系住民、白人、警官が衝突した。この衝撃を受けてメディアや専門家により、移民の多い社会の現状レポートがまとめられ、提言がなされるに至った。

[オールダム暴動]Oldham
2001 年5 月下旬、南アジア系住民が11%を占める北西部の都市オールダムで白人と南アジア系住民の対立が深まり、数百人の若者による投石、火炎瓶による放火等の暴動が起こり、新聞社が襲撃された。機動隊が出動し、86 人の警官が負傷した。イギリスで十数年なかった規模の暴力とされ、地元住民に衝撃を与え、メディアで詳しく報道された。原因としては数十年をかけて民族によって学校や居住区が自然と分かれ、2 つの相容れない社会が形成されてきたことが緊張を高めたとされ、意識的に混在状態を作り出す努力などが提言された。
[バーンレイ暴動]Burnley
2001 年6 月下旬の3 日間、ランカシャー地方のバーンレイで、アジア系若者と白人若者のグループが対立し、投石、放火、建物の破壊などの暴動が起こった。この事件は民族対立の要素の混ざったギャング抗争が、収拾できなくなったものとされる。
[ブラッドフォード暴動]Bradford
2001 年7 月7 日、南アジア系だけで8,5 万人おり23%であるブラッドフォードで、白人とアジア系住民の民族対立を軸に、近隣都市の事件に続いて最悪の規模の暴動が起きた。アジア人からなる反ナチ同盟の行進と極右政党のサポーターが衝突したことをきっかけに、アジア系を中心とするおよそ1,000 人が火炎瓶、レンガ、バット等を用いて破壊・略奪を行い、900 人超の警官と衝突した。36 人が逮捕され、120 人の警官が負傷した。ここでも背景に社会の分裂が指摘された。

出典:内閣府経済社会総合研究所