フランス暴動

2005 年10 月末から11 月中ごろまで、フランスで若者による放火、投石、破壊行為などの暴動が各地で起こった。発端として10 月27 日に低家賃公営団地が多く移民世帯の集中する郊外で、二人の移民系少年が警官から逃げる途中に変電所で感電死した事故の際、警察への不信感から地元で警官・消防士への投石、車への放火などの暴動が起こった。数日後地元にて警官が祈祷中のモスクに催涙弾を打った事件があり、内相のサルコジが郊外の若者のことを「社会のクズ」と呼んでいたことと重なって、全国的に騒動が広がった。11 月8 日に非常事態法が発動され、夜間外出禁止令が取られた自治体もあった。沈静化した11 月17日までの間に9 千台近い車が被害を受け、2,600 人以上が逮捕された。
背景には若者の失業からくる不満が指摘され、暴動以前にも相当数の車(年初から暴動前まで約28,000 台)や公衆電話が放火されていた。とりわけ戦後アフリカから来た移民の第二・第三世代である若者は、相対的な貧困や差別から、自棄や倦怠があるとされる。なおフランスと同時期にドイツのベルリンとブレーメン、ベルギーのブリュッセル等でも、フランスでの過熱が波及したと見られる暴動、車への放火があった。

出典:内閣府経済社会総合研究所