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相場罫線學の必要(期米相場罫線学)

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第一編第一章 相場罫線學の必要

相場罫線學の定義

相場罫線一に足取表と稱す、罫線を以て相場高低の程度を一目明瞭に知覺し得る様圖畫する方法にして、其運動の形式を案じて未來の高低を観測するの方法を論ずる者を相場罫線學と稱す、人或は曰く相場罫線なる者は、相場過去の變蹟を圖畫的に表示せし者たるに過ぎず、何ぞ之を以て將來の相場を観測するを得んと、此論を爲す者を見るに、多くは此足取表を相場界唯一の風雨鍼指針と恃み居るも惜いかな其観測の方式を知らざるより、未來の變動を豫知する能はず、失望の極此言を發する者にして、吾人は實に氣の毒の念に堪へざるものなり。

相場罫線は將來賣買の方針を指示す

抑も相場罫線は、過去の變動は勿論現在を表顯して、將來如何の結果を生ずべきかを究明する者にして、隨つて今後執るべき方針の賣買のいづれなるべき乎を示顯する者とす、夫れ風雨の來るや其來るの日に來るに非ずして必ずや其來るの原因あり、智者は之を知るが故に風雨鍼驗温器を創製して氣壓の變動と含濕の多少を驗し、又氣象臺を設置して大氣の配置を観測し、而して之を學理に照して晴曇風雨の變化を判定し略誤らざるを得るなり、然れども其観測法を知らざる時は、如何に精巧の風雨鍼、如何に精密の驗温器ありと難も、天氣豫報して差誤なきを得ず、是れ風雨鍼の罪にあらず、又驗濕器驗温器の罪にもあらず、其責全く観測者其人にあり、相場罫線に於ても又然らざるを得ず、夫れ相場の高下する、高下するの日に高下するに非ず、必ずや之を致すの原因あり、眜者察せず、己に高下するの後に於て愕然として驚き、始めて其機に應ぜざるを悔ゆ、之に反して智者は之を未形に察して其處置をなすが故に、高下に處するも坦然として驚かず、寧ろ當然のとゝなす、夫れ勝兵は未だ戦はざるに勝形見はれ、敗兵は未だ戦はざるに敗形己に見はるゝが如く上る米は未だ上げざるに上の形足取に顯はれ、下る米は未だ下げざる前に、下の象己に足取に見はるゝを以て之が観測法を知る時は未前に高下を察知して大利を博するを得べし、故に宗久翁も。

足取に對する翁の卓見

相場未來の高低を察するには、足取表最も宜敷候。何となれば足取表は、其時の出氣事人氣等皆其内に籠り候儀にて吾氣も其中に混り申候、道理上より申すも、明日の相場の因をなす者は今日の相場に有之、故に今日の相場を以て克々考ふる時は、今日以降の相場を観察する決して難き事には無之候。

と言せるは、誠に千歳不磨の名言と云ふべし、實に相場罫線は、米商家の座右一日も欠くべからざる者たる事、猶ほ兵家の地圖及作戦圖に於けるが如く、作戦計畫即ち賣買の方針も皆之より打算せらるゝ者なり、斯く米商家必要の韜略なるにも拘はらず、多くは其の観察方法の應用を知らざるより翁の所謂。

此見様に黒白の違ひを生じ一亳より
千里を致し産を倒し家を失ひ、
米商は子々孫々に遺言しても決してせまじきもの、

との歎聲を發するに至らざる者殆ど稀なり。是即ち相場罫線研究の必要なる所以にして、又八木波の巻のある所以なり、讀者之を研究せんとせば、先づ形式編に於て其の九様の形式と、大体の説明とを了し、次ぎに原理應用編に就き其の應用の方法を會得せば、如何に變動多き相場に遭遇するも、未來の高低を制する事之れを掌に指すが如くなるを得ん、蓋し世の足取を論ずる者、足取の形式即ち相場の勢にのみ重きを措きて、時間即ち其の相場の變發するには酒の醗酵すると同じく相應の時日を要することを知らず、其之を闡明せし破天荒は即ち宗久翁にして他は皆其の説を祖述せる受け賣たるに過ぎざるなり、尚詳細は序を逐ふて述べる所あるべし。

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